9年間親しんできたエイト(RX-8)を手放すことにした。
自分としてもこの日がこんなに突然訪れるとは思わなかったが、既に決心したことなのでその理由について多くは語らないことにしよう。ただ、この9年間、正確に言うとタイに駐在していた期間を除いた5年間に感じたエイトの特徴、印象や思い出を書き記しておきたい。
そもそもエイトを購入した一番の理由はロータリーエンジンを搭載していることだった。エイトを購入した人の大多数が同じ理由で購入していることだろう。
2012年の生産終了を以ってこの世からロータリーエンジンはその姿を消した。マツダは今回の東京モーターショーでもロータリーエンジン搭載のコンセプトカーを出品してはいるが、CO2規制の厳しいこの状況下で再びロータリーが咆哮することはおそらくないだろう。そういう意味でもRX-8のオーナーは「ロータリーエンジンの最後の瞬間」を体験した最後のジェネレーションとなることだろう。
エンジンだけでなく、多くの分野でRX-8はユニークな構造・機構を持つ車だった。ここでは構成要素・性能別にその特徴と印象を記していく。
<エンジン>
上下に(時には左右に)動くピストンの力を回転力に置き換えるレシプロエンジンに比べ、複雑な軌跡を描くもののローターの回転運動をそのままエキセントリックシャフトの回転力に伝えるロータリーエンジンでは全くフィーリングが違う。何のストレスもなく、どこまでも回ろうとするエンジンである。その反面、シフトダウン時のエンジンブレーキ力は弱い。
<車体>
後席へのアクセスのための小さなリヤドアを観音開きに配置した独特のクーペボディである。当然ドアの開口部は大きいが、ボディ全体の剛性は十分に高くハンドリングへの悪さは少ない。但し、Bピラーが無いため前ドアの閉まりのフィーリングは今一つ。重々しい音を立ててドアが閉まる事は無い。アルミを多用しているので、外板に不用意に力を加えると変形するリスクを感じることがある。
<サスペンション>
スポーツカーとして設計されたサスペンションである。後に運動性能のところでも触れるが、操縦安定性は非常に高い。駆動力の掛かり方も良く、制動時の姿勢変化も見事なまでに破綻しない。
但し、Type-Eに標準装着の225/45/18タイヤは見た目は良いが性能的にはオーバーサイズだろう。タイヤも含めたバネ下荷重が大きく、ドタバタ感を感じることが多少あった。昨年、オートエグゼのストリートスポーツサス・貴島スペックの車高調整に入れ替え、収斂は良くなったものの最後までその印象は残った。17インチの50タイヤがベストマッチなのだろう。
<トランスミッション>
前期型の途中からATミッションが6速化され、フィーリングも向上した。ステアリングホイールに付いたパドルシフトでのシフト操作もし易い。ただ、パドルに触れただけでマニュアルモードに切り替える機能が欲しかった。
レイアウト上、ドライバーの左足の真横にATミッションが位置し、真夏にはその温度がトンネルを経て伝わってくる。
<動力性能>
NAのため、馬鹿力は無い。レシプロの2.5Lクラスの力感だろうか。ゼロヨンなどを競えば、2Lのターボ車にちぎられるだろうが、ワインディングロードを軽快に飛ばすには必要にして十分だった。低回転域のトルクが小さいので、スポーティな走りの為にはある程度のエンジン回転を維持する必要がある。
<運動性能>
ワインディングロードでの身のこなしは正に一品中の一品であると言えるだろう。まさに人馬一体を感じることのできる車だ。フロントミッドシップによる前後の重量配分とFRという駆動方式のおかげで回頭性は非常に良好、拳ひとつの動きで車が思い通りのラインをトレースしていく感覚は素晴らしい。
<乗り心地>
はっきりいって良くない。前述のタイヤサイズのせいもあって大きなロードノイズと強めのハーシュネスである。路面が悪く、継ぎ目の多い首都高横羽線を走るのははっきり言って不快だった。路面の良い高速道は極上だが。
<振動騒音>
これもあまり良くない。
振動系ではアイドル振動が大きい。いかにもアイドル振動の小さそうなロータリーエンジンだが、アイドル回転数は不安定で不快な振動が周期的に発生する。途中エンジンマウントを交換してみたが、あまり効果はなかった。
<ブレーキ性能>
文句なしに一級品である。一説にはポルシェより効きが良いと言われている。これ以上の性能は不要である。
<経済性>
ロータリーエンジンの泣き所。丁寧に運転しても近場だと5km/L前後、高速道路主体で渋滞なしでやっと10km/Lという燃費の悪さだった。また、エンジンオイルの減りも早く、2500km毎に交換を行っていた。
<エクステリア・スタイリング>
好き嫌いが分かれるところだろうが、僕にとっては感応的で痺れる格好良さと言っておきたい。2+2ドアでありながら胴長感を感じさせない精悍なプロポーションである。一世代前のマツダのコーポレートアイデンティティに基づいたスタイルなので、今の魂動デザインと見比べるとちょっと古い感じがすることもあるが、ディテールに関してはむしろ現在のマツダよりも美しい。
<インテリア・スタイリング>
慣れてくるとしみじみと良さを感じるインテリアである。センターコンソール周りの円基調の造形が秀逸である。
<総評>
広島地方ではRX-8のことを「広島フェラーリ」と呼ぶこともあるらしい。これには賛否両論があるだろうが、言い得て妙なたとえである。
誰が見てもわかるスポーツカーの記号性を持った流麗なスタイリング、そして世界で唯一のロータリーエンジン。「持つ喜び」を感じさせる数少ない国産車である。そういう意味ではフェラーリに例えられてもおかしくはない。
一世代前のターボエンジンのRX-7に比べればNAエンジンのRX-8は地味な印象を持たれるかもしれないが、観音開きのドアやアルミを多用したボディなどユニークなところが多いRX-8はRX-7にはなかった優美さと知性を兼ね備えた才色兼備な車として日本のスポーツカー史に残る名車であると言えるだろう。
車を運転するようになってから早や40年、出会った車は数多くあるが、その中でもこれほど叙情的な印象を受けた車はなかった。
最後の最後まで丁寧に洗車をして、こまめにメンテナンスをして、段階的に手を入れてきたRX-8。ご覧の通りにその美貌に衰えは感じられないが別れの時がきたようだ。
9年間の思い出の詰まった車体を2時間かけて綺麗にした。お別れ前最後の洗車だ。