オーディオの足跡(続章)

この「足跡」シリーズ4作を上梓してから5年近くが経った。
この間に僕のオーディオ生活に起こったことを振り返りながら、その後の足跡を辿りたい。

前回の「終章」では2000年ごろまでの足跡で終わっているのだが、その後の18年間はどうだったのだろうか?果たして目覚しい進歩はあったのか、はたまた僕の心の中のオーディオのブームは去ってしまったのだろうか?
この章では分野別に順を追って見ていきたい。

<音源系>

まずは音源系からだ。

2000年ごろは世の中の殆どのHiFi音楽ソースはCDだった。誰もが16ビットのPCM音源のクオリティが最高と信じて疑わなかった。
一部のオーディオフリークはSACDによる高密度・高精細なデータ方式に注目していたが、SACDにはそれを再生するSACDプレーヤーが必要。これは国産の普及帯のCDプレーヤーの多くが対応していたので大きな問題ではなかったが、CDに比べるとソフト数が圧倒的に少ないのと、メディアの価格が割高だったこと、ソフトがクラシックに偏っていたことなどの障壁がありCDを凌駕する存在にはなり得なかった。
ハイレゾリューション音源の中では今でも最高のクオリティを持つSACDだが、時代を先取りし過ぎたのかもしれない。

我が家の音源もCD主体での2000年代の始まりだった。
CD-34→SL-P900→VRDS-10と変遷してきたCDプレーヤーではあるが、CD-34は初のCDプレーヤーということもあり、その良さを認識できなかった。持っていたCDの枚数も少なかったし。
入門機的な存在のCD-34(いまだに根強いファンのいる名器なのだが)からSL-P900への乗り換えは、車でいうと1.5Lクラスのファミリーカーから3ナンバーの高級セダンに乗り換えるようなステップアップだった。
SL-P900で初めてCDから再生される音楽に「美」を感じたと言っても過言ではないだろう。ちょうど欧州に駐在していた期間とも重なり、クラシックを中心にCDの枚数もどんどん増えていった時期だ。
一言で言えばSL-P900の音色は華麗で繊細だった。

帰国後数年が経ち、SL-P900のピックアップが徐々に衰え始め読み取りエラーが頻繁に起こるようになってきたので買い替えを考える。
繊細な音作りのSL-P900にあった不満といえば迫力と力強さ。後継機にはそれを求めるようになるのは自然な流れだった。
この頃からTEACのVRDSに興味を持つようになる。VRDSとはCDを円盤状のクランプでしっかりと押さえ込むメカニズムだ。間違いなく力強い音が出てくる・・・と思い込んだ。
TEACブランド最後の本格CDプレーヤーはタッチの差で新品の購入機会を逃してしまった。で、当時から始めたネットオークションでVRDS-10を手に入れる。
VRDS-10は期待通りの力強い、迫力のある低音を聴かせてくれた。SL-P900とどっちが良い音(色々と定義はあるが)かと問われれば、当時は一瞬の迷いもなくVRDS-10だが、今日問われればSL-P900と答えるかもしれない。

そして2011年末、VRDS-10の後継機を得た。EsotericのK-05である。
EsotericはTEACの高級オーディオブランドであり、VRDS-NEOを備えるK-05はVRDS-10の直系の子孫とも言えるCDプレーヤーである。購入にあたっては欧州系のCDプレーヤーとの聴き比べを行った結果の勝者でもある。K-05はSL-P900の繊細さとVRDS-10の力強さを兼ね備えたCDプレーヤーだったのだ。
K-05は現行機として我が家のラインナップの一角を成す存在ではあるが、後述するネットワークプレーヤーにその存在を脅かされ、残念ながら此処のところの稼働率は導入当初に比べると低い。しかしながら、K-05に搭載されているVRDS-NEOは間違いなく最高のドライブメカであるので今後の復活と活躍が期待される。

K-05がその存在価値を脅かされるようになった原因はネットワークプレーヤーの登場だった。

ネットワークプレーヤーとはその名のとおりネットワーク上にある音楽データを演奏するオーディオ機器である。
ネットワークに繋がれたパソコンのディスクドライブでリッピングされたCDからのデジタル音楽データはFLACというフォーマットでNASと呼ばれるネットワーク上のストレージに蓄積される。ネットワークプレーヤーはNASからFLACデータを呼び出してDA(デジタル→アナログ)変換してアンプにアナログ音楽信号を送るという仕組みである。
この仕組みの利点は、CDをリッピングする際に読み取りのエラーがあると正しいデータを読み取るまで繰り返すことで「一発勝負」のCDプレーヤーと違って読み取りエラーが生じないこと。
またネットワークプレーヤーはiPadなどのタブレット上のアプリから操作ができるので、CDの入れ替えの必要がないこと。(CDが登場したときにも「LPと違って第九を最後まで続けて演奏できます。」と言われていたなぁ。)
プレイリストといわれるリスト上でNASに蓄えられた音楽データを自由な組み合わせ・曲順(ランダム再生もできる)で演奏できること。そして16ビットでサンプリング周波数44.1kHzのPCMデータよりも高品位な、いわゆる「ハイレゾ」音源を再生できることなどなど画期的な利便性と高音質化が図られた画期的な機器だったのだ。
「画期的な」と感じたのはデジタル派の僕だけだったかもしれないが・・・

僕がネットワークプレーヤーと出会ったのは、元はといえばFMチューナー探しがきっかけだった。
河原の資源ごみ置き場から拾ってきた(!)テクニクスのシンセサイザーFMチューナーからオークションで5000円で落札したトリオの名器KTシリーズのアナログチューナーに換えて、そのたおやかなる音に満足していた僕だったが、FM放送の内容の薄っぺらさに嫌気を感じ、インターネットラジオも聴けるチューナーという事でOnkyoのT-4070というチューナーを導入する。
このT-4070にネットワークプレーヤー機能が付いていたのだった。いや~、便利だし音も良い。
この頃はタイの駐在員だった時代なので、家でオーディオを楽しめるのは出張か休暇で帰国している短い時間だけだった。ので、T-4070に不満を感じることもなく、というかT-4070ばかりを聴いていた。

2014年4月に帰国。その年の8月にネットワークプレーヤーをMarantzのNA-11S1にアップグレードした。いや~、ビックリするほど良い音。T-4070はどちらかというと色付けの少ないサッパリ系の音作りだったんだけどNA-11S1は華麗で繊細、且つ荘厳な音だ。価格帯が違うので比較するのはT-4070には酷だけど、何段も突き抜けたアップグレードだった。大正解!
ネットワークプレーヤーというのはドライブを持たないネットワーク上のDACであるので、単体DACとしてもNA-11S1は優秀である。K-05から同軸デジタルケーブルで取り出したデジタル信号をNA-11S1でDA変換してやると、K-05には悪いけどかなり良い音になる。DA変換のチップも違うし、その下流のアナログ部分の造りも違うので、MaranatzとEsotericの音造りの哲学の違いと言ってしまえばそれまでではあるが僕にとっては総じてNA-11S1でDA変換された音のほうが素晴らしく感じてしまう。
ということもあり、K-05は専らSACD再生に使われることが多くなってきた。でも、K-05の持つ様々な機能を使い切っていないのかもしれないと最近は思い始めている。

音源とは言い切れないのかもしれないが、デジタル系音源の音のクオリティを決める大きな要素はDACだ。
K-05、NA-11S1はもちろん、実はプリアンプのC48にもDACが内蔵されていて、時によってそれらを切り替えて音色の違いを楽しんでいるのだけど、2017年末に第四のDAC、OppoのSonica DACを導入した。このDAC、100万円クラスの高級機で使われ始めたES9038ProというESSテクノロジー社のフラッグシップDACチップが使われているのだ。まさに価格崩壊である。
ということで、現在はK-05/NA-11S1/Sonica DAC/C48という4つのDACを組み合わせて楽しんでいる。デジタルはやめられない。

デジタルの対極にあるもの、それはアナログである。いくらハイレゾといえども、所詮デジタルデータはギザギザで凸凹な非連続なデータの寄せ集めだ。
それに比してアナログは連続的なデータである。周波数の縛りもない。なので、最後はアナログに回帰していく・・・とアナログ派のオーディオフリーク達は声を揃える。
デジタル派の僕はそれを冷ややかに見送っていた。
確かにアナログの良さはわかるけど、あんなの年寄りのノスタルジックな趣味だ。高級車が買えるほどの価格のレコードプレーヤー、高級CDプレーヤーが買えそうなカートリッジ、金さえ掛ければいいってものじゃないよな~って。
ところがである、5年ほど前からアナログオーディオ界が賑やかになってきた。現実的な価格のレコードプレーヤーでも高品位なものがポツポツと出現し始め、LPレコードも新譜が出始めた。
そこに鳴り物入りで登場したのがテクニクスブランドのレコードプレーヤー、SL-1200GAEである。SL-1200シリーズとは誰もが知っている(でもないか)レコードプレーヤーの定番商品。マークⅥまで進化したものの2010年に生産を終了し、テクニクスブランドも消滅し松下は本格オーディオ界から立ち去ったかのように見えたのだが。ところが2014年に突如テクニクスブランドは復活、そして2016年、満を持して投入したのがSL-1200GAEだった。このモデル全世界で1200台の限定モデル。

気が付いたら注文予約していた。
そして2016年の7月、我が家にSL-1200GAEが搬入された。そのシリアルナンバーはなんと「J004」、この世に生を受けた4番目の固体だったのだ。
昔と違って今どきのレコードプレーヤーには針が付いていない、いやカートリッジがだ。で、色々と悩んだ末に選んだ最初のカートリッジがフェーズメーションのPP300、フェーズメーションの最廉価モデルではあるが立派な値段だ。その後追加していったDL-103RやDL-102、シュアーのMMカートリッジなどの頂点に君臨し続けている。
レコードプレーヤーとカートリッジがあってもLPレコードがなければ音楽が聴けない。ということで見つけたのが横浜ダイエーの4階にあるレコファンだ。モダンでハイソな雰囲気の横浜駅の至近距離にありながら、此処は別世界。昭和の匂いを感じる空間に昭和の時代に聴かれたのであろう中古LPがゴマンとある、しかも安い。
穴場的な駐車場も完備されているので足繁く通った。これに加えてネットオークションでも懐かしいLPを買い足していって現在は約200枚まで増殖、これからは選択の時代に入ろうと思っている。嵩張るのだLPレコードは。

最後の音源はテープデッキ。

僕のテープデッキ初めはソニーのTC-4250SDであった。マイク入力も備え、且つ上面に大きなスライド式の入力レベル調整レバーの付いたTC-4250SDは僕と友達の音楽生活を大きく変えた。
次なるデッキはTEACのオートリバース機のV-909RXだったが、その凝ったメカニズムのせいか短命だった。
ドイツに駐在する直前に乗り換えたのがソニーのTC-K222ESA。当時の価格で6万円ぐらいの中級機ではあったが、オードドックスな造りで安定したパフォーマンスだった。ところが帰国して暫くすると突如不調に陥り、録音も再生もできなくなってしまった(これがかの「ソニータイマー」なのか?)ので後継機を探す。
この頃はすでに各社とも本格オーディオ的なカセットデッキから撤退してしまっていたので新品を買うことは諦め、オークションで高級機を探すことにした。で、見つけたのがTEACのV-8030S。TEAC最後の本格機だ。素晴らしく精密且つ剛健な造り・・・と思ったのが大間違い。
その後4回もの入院を繰り返す気難し屋だったのだが今ではすっかり健康体となり、40年前のカセットをタイムスリップでもしたかのような高音質で、いや当時以上の音を聴かせてくれる存在になった。V-8030Sが元気なうちに、同じくTEAC系列のTASCAMのデジタルレコーダーで当時の音源をアーカイブしようと思っている。

 

<増幅系>

次は増幅系、すなわちアンプおよびその関係機器だ。

パイオニアのレシーバーQX-401からスタートした僕のアンプ経歴は、一瞬チャンネルディバイダーを使ったマルチアンプ地獄に陥りそうになったがなんとか健全路線に復帰、サンスイのAU-D707X Decadeで目からウロコ。そして衝動買いのアキュフェーズE-213で更に進化を遂げた。

タイ駐在中の2012年4月に新居を建てた。(僕の力ではなく家人のお陰で)
2階にリビングとダイニング、キッチンがある造りの家にした。
子供たちも巣立っていく時期となり、家人はダイニングとキッチンと自分好みに造り、僕はリビングルームを頂戴した。
最初は防音室にしようかとも考えたが、リビングルームとしての機能面や隣室のダイニングルームと繋がった開放的な空間にしたかったので防音室案は止め、その代わりにオーディオルームとしての資質を重んじたリビングルームを造ることにした。
床は勿論フローリング(チーク材)、そしてオーディオ機器を置くスペースの床材には響きの良いハードメープル材を使い、床下には頑丈なネタを通した。(現認したわけではないが・・・)
配電盤からオーディオ電源は別系統とし、約20mの電源ケーブルもオヤイデ電気製の電源ケーブルを使った。(現認したわけではないが・・・)壁コンセントも3Pの本格派を4個埋め込んだ。これでオーディオ機器には穢れなき、力感に溢れた電気がバンバンと供給されている筈だ。
アンプにも怒涛のように清らかな電気が流れ込んでいる(ハズ)。
新居に引っ越した当初はアキュフェーズのE-213であったが、明らかに引越し前の音とはスケールの違う鳴りっぷり。勿論、空間の形状や反射・吸音特性、床材の剛性なども影響しているのだが。

タイ駐在中の2012年11月に満を持してMcIntoshのセパレートアンプ、C48とMC302のコンビを導入。当初はMcIntoshのプリアンプメインアンプを考えていたのだが、リビングに合わせて購入したラックに余裕があることもあり思い切ってセパレートアンプにした。一挙に数ステップ前進した感じだ。ここにフレッシュで力感溢れる電気が怒濤のように押し寄せるのだから、音が悪い訳がない。
いつも行くオーディオショップの展示現品という事で安く手に入れたのだが、E-213からのジャンプアップは、まるで国産の高級セダンから一挙にV8のカマロかムスタングに乗り換えた気分だ。(この例え、どこかで使ったような気がする)
昔から持っていたMcIntoshのイメージは鎌倉のIZAに代表されるような薄暗いジャズ喫茶の持つ非日常的なでちょっと暴力的な異国の匂いがするものだったが、C48とMC302の組み合わせから出てくる音は新鮮な果実から滴り落ちる果汁というか、水源から迸り出る圧倒的な水量で新鮮な水のようなものだった。一時期惹かれていた北欧系や英国系の渋い、陰翳の濃い音色とは対照的だがこれはこれである意味の究極に近づいていると感じた。

増幅系はこれに留まらない。

アキュフェーズのヴォイシング・イコライザー、DG-48である。
オーディオ機器はそれぞれが固有の特性(周波数特性)を持っているのだが、それ以上に音色に影響するのが部屋の音響特性だ。部屋の形、容積、そして壁や床の反射・吸音性がその部屋固有の音響特性を作っている。それ自体は悪い事ではないし、ゼロにする事ができないものなのだが、我らがオーディオフリークは果敢に特性改良に取り組むのだ。
スピーカーのレイアウトはミリ単位で、床に敷く絨毯、ソファーの位置やクッションの数や位置など、何を弄っても音は変わる。かといって、最適化は非常に困難だ。
そこに登場するのがこのDG-48。
これをプリアンプとパワーアンプの間に挟み込むと、部屋の特性をマイクで測定し電子的に補正することができる。更に自分好みのバイアスを掛けることもできる。まさに魔法の箱だ。
ただこのDG-48、良いことばかりではない。扱いが難しいのだ。できることが高度なだけに、使いこなすのも難しい。ネットの記事などを参考に悪銭苦闘するのだが、はっきり言って未だに使いこなせていない。
う〜ん、悲しい。懲りずに挑戦し続けなくては。