オーディオの足跡(転換期)

 CDの登場>

 1985年春、初の持ち家となるマンションを購入した。7階の角部屋で西には丹沢・富士山を仰ぐ眺めの良い家だった。
翌年に長男が誕生、1990年には長女も誕生し、それまでの気ままな二人暮しを卒業した。
マンションでは定石ともいうLDKという間取りも新鮮に感じ、且つ、今までの家屋に比べれば壁や床の強度や剛性も高く、ここでまたオーディオをきちんとやろうという気になった。

CDは第一世代発売から3年が経ち、ようやくCDプレイヤーの値段もこなれてきた。早速CDプレイヤーを購入、マランツのCD34という機種だった。フルサイズよりちょっと小さめの黒い筐体だが、当時の評論家の多くが絶賛した機種だった。

CDプレーヤーはあるが肝心のソフトが無い。わざわざ秋葉原まで出かけて数枚のCDを購入、その中には長岡鉄男氏絶賛のテラーク・レーベルのチャイコフスキー「大序曲1812年」も含まれていた。

このCD、演奏の中に大砲の発砲音があり、それまでのアナログ音源(LP)では考えられないダイナミックレンジを誇るCDだからこそ再生できる大砲の音が有名だった。(この大砲でスピーカーを駄目にした人がかなりいるらしいという事は最近になって知った。)
CD
はその発売当初「アナログでは考えられないSN比とセパレーション、広大なダイナミックレンジ」が売り文句だったが、デジタル録音故にどのCDプレーヤーでも同じ音が出ると思われていた。
デジタル~アナログ変換の方式やLSIチップ、アナログ部分の高品位化、電源部の強化、回転部分の精巧さ、筐体の剛性や設置環境などで音が変わると言われ始めたのは1990年代に入ってからだった。

アナログ・プレイヤーはパイオニアのベルトドライブを卒業し、ビクターのダイレクトドライブQL-7を使っていた。
ビクターらしい木工の丁寧な造りで高級感があった。

しかしながら、新しいもの好きな僕はCDを中心に聴いていたような気がする。(というほどCDのソフトは持っていなかったのだが。)
CDからカセットテープへのコピーに使うカセットデッキはTEACV-909RXだった。フルロジックスイッチのオートリバース機である。

サンスイのAU-D707X DecadeDS501との組み合わせで数年は落ち着いたオーディオライフが続いた。

 <転換期>

1990年代になって、またまた機器を変えたくなる虫が疼きだした。

ピックアップの調子が悪く、読み取りに時間がかかるようになってきたCD34をテクニクスのSL-P900に替える。

SL-P900はテクニクスのGシリーズという高級路線シリーズのCDプレイヤーである。

特徴は1ビットのDAC、テクニクスの商品名ではMASHMulti Stage Noise Shaping)技術によりゼロクロス歪などの非直線歪を原理的に発生させないことになっていた。(意味不明)
シャンペンゴールドの優雅な外観で、出てくる音も非常に華麗なものだった。
このSL-P9002007年ごろまで使ったが、引退後はテクニクス・マニアの後輩のコレクションの一つとなって今も健在である。

次なる変更はスピーカー、DS501をビクターのSX-500 Spiritに替えた。

原音再生派モニター調のDS501から叙情性の高いSX-500 Spirit、ある意味正反対のポリシーで作られたスピーカーである。名機SX-3の流れを汲み、絹羽二重のツイーターとドイツ・クルトミュラー製の紙コーンのウーファーでできたSX-500 Spiritは安らぎを感じさせる優しい音を出した。

ハードロックの爆音に疲れ、時折クラシックを聴き始めたことも背景にあるのだろう。

1993年、社命によりドイツの駐在員となる。勿論、日本から全てのオーディオ機器を持っていった。
唯一の例外はカセットデッキで、オートリバース機構の調子が悪くなってきたV-909RXの修理を諦め、転勤直前にソニーのTC-K222ESAを購入した。

ドイツの電圧は220Vなのでステップダウントランスで100Vに落としてステレオを鳴らしていたのだが、トランスで安定的に電気が供給されるせいなのか、それともフランクフルト郊外に借りた家の広大なリビングの音響特性のせいなのか、とても澄んだ音になった。

ヨーロッパはクラシック音楽発祥の地、フランクフルトのレコード屋(CDショップ)にはクラシックのCDが充実していた。日本では考えられない習慣だが、購入するCDを事前に店で聴くことができるシステムだったので「外れ」のCDが少なく、この時代に購入したCDは今でも愛聴しているものが多い。 

1995年、社命によりイギリスに転勤、家族と共にロンドン郊外に引っ越した。
イギリスはヨーロッパでも指折りのオーディオ先進国である。
今であればLINNTANNOYB&WQUADなどなど、喉から手が出るほど欲しいブランド品があったのだが、当時は外国でオーディオ機器を買うという発想がなく、何一つ購入しなかった。かえすがえすも残念である。
イギリスで唯一購入したのはオーディオラック、鉄とガラスでできたしっかりしたもので2012年まで愛用してきた。
1998年に日本に帰任するまでの約5年間のヨーロッパ暮らしは、その後の僕の、そして家族の芸術への興味・嗜好などに多大な影響を与えた。


5年間に家族を連れて訪れた国は15カ国、北はノルウェーのフィヨルド、南はスペインのコスタデルソルやフランスのコートダジュール、ギリシャのエーゲ海、そしてスイスアルプス、音楽の都ウィーンとザルツブルグなどなど思い出は尽きない。ヨーロッパの町並み、風景、絵画などとクラシック音楽の親和性を強く感じたことが、その後のオーディオ機器の音造りへも影響を与えていることは間違いない。

(続く)

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